東京ホタル

「東京には空がない」
 と、まるで高村光太郎の詩のようなことを呟いてみても横にいる彼女は何の反応もなし。
沈黙、沈黙、沈黙。
止めてくれ、空気が痛いからさ、いやホントに。

 全く、付き合って半年になるのに今だこんな感じなのはどうなんだろう。
 まぁ、オレはもともとあまり快活に喋る方ではないんだけど。
(と、こういうと友人から「おいおいウソはつくなよ」と毎度のように突っ込まれるが)

せっかく二人で食べようと思って買ってきたコレも出すタイミングを間違えたしなぁ。
「何、それ」
「これ?東京ばなな」
「ふぅん」
 そしてまた沈黙。うぅむ、仕方ないのでとりあえず食べよう。
何かしら反応があるだろうし。
「ん、食べる?」
「餌付け・・・」
「待て待て、ネコじゃねぇんだから。で、食べないのか、それならオレが」
「誰も食べないとは言ってない」
「さいですか」
 オレは手にしていた箱から東京ばななを一個取り出して手渡そうとしたが、
彼女はあろうことか箱の方を奪いやがった。
「ありがとう、こんなに沢山」
「そっちかよ!ってかそんなに食うなら先に言ってくれ」
「分かった。でも覚えない」
「覚えろよ、ニワトリかアンタは」
「彼は食料と引き替えに身体を要求・・・」
「してねぇ!つーか勝手にセリフを作るな」
「でも、あれって何で『東京ばなな』なんだろうね。もしかして東京の名産ってバナナなの?」
「何で土地の高い場所でわざわざ栽培すんだよ」
「産地直送とか」
「嬉しくもねぇなそれは」
「でも、東南アジアのバナナを栽培している部分だけを東京が買い占めれば・・・」
「国際問題になるな、確実に。
というか大体地域の特産品だけで作られているわけじゃないしさ。
だったら大阪の名産はタコなのかと言いたいね」
「でもたこ焼きってタコが入ってないとダメなんでしょ?」
「だったら人形焼きには人形を入れないとダメなのか?」
「あぁ、ベビーカステラに赤ん坊は入ってないしね」
「入れねぇよ、というか何でそんな発想が出来るんだよ」
「『八仙飯店之人肉饅頭』っていう映画を見て」
「・・・ゴメン、それはちょっと引くわ」
「これを知ってる方もスゴイと思う」
「付き合って半年になるわけだけどさ、そんな趣味があるとは知らなかった」
「え、『ミミズバーガー』なんて見ないよ」
「思いっきりそっち趣味じゃねぇか。まぁ別にいいけど。
でも何を思って見ようと思ったのよ、あんなグロい映画」
「だって、肉まんに人肉だったし」
「え、肉まんが食いたいって?」
「・・・イジメだ、遂にこの辺りにもイジメという人間の心の闇が」
「こらこら、どうしてそうなるんだよ、ってか食いついたのはアンタでしょーが」
「そんなこと言ったっけ?」
「自分のボケを流すなよ、もう何でもアリだな」
「あ、ホタル」
「人の話を――、あ、ホントだ」

 と、オレ達の目の前を数匹のホタルが通り過ぎていった。彷徨いながら、ふらつきながら。
そしてそのまま目の前に広がる夜景に吸い込まれるように消えていった。

「知ってるか、あの街の明かりは全てホタルで出来てるんだぜ」
「蛍の光?」
「そ、窓の雪ってヤツだな」
「へぇ、そういえば、メンマって割り箸を煮たヤツなんだって」
「そんなリサイクルはイヤだぞオレは」
「そう、そしてリサイクルを中国語で書くと『李自転車』に」
「ならねぇよ、大体『リサイクル』って―――っ!」
「きゃっ」

ふっと街の明かりが消えた。突然の衝撃、視界はブラックアウト、何も見えない。
まるで映画館に迷い込んだときのような手探り感。

しばらくすると目の前からポツポツと光が湧き上がっているのが見えた。

「あれは・・・ホタル?」
「・・・だと思うけど」

そしてあっという間に空を埋め尽くすほどのホタルの大群が視界のほとんどを支配する。
それはダイヤモンドのようにキラキラと輝きながら、オレ達を包み込むように揺らめいていた。

「あるじゃないか、東京にも空が」
「何か言った?」
「いいや、別に」

そう言っている間にもホタルはどんどんと、まるで一つの生き物のように幻想的に動いている。
 何だ、まだまだ世界は平和じゃないか。

 目の前には散らばった流星のようなホタルの輝き。
邪魔するものは何もない、そして横には彼女がいる。

 これ以上の幸せって何があるんだい?

22:58 | 短編小説 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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